我が家に大型液晶テレビが導入された。
世の地デジ化商法にまんまと乗せられるのが悔しくもあって、また、普段さほどテレビを観る人でもないので、まぁそのうち、くらいに考えていたんだけど、買ったら買ったで、やはり大画面で映画を観れるのは嬉しい。
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一通り、レコーダーやら関連機器の接続作業‥のはずが、いつのまにやらDVD鑑賞タイムに。大掃除していたら、つい古い本を読み始めてしまうのと同じ。
お決まりの現象。
たまたま手に取ったDVDが「セブン」。
はい、ブラッドピット&モーガンフリーマンのアレです。ご存じの通り、これ以上ないほど救いがない結末。バッドエンド・フェチの神威としては、大好きな映画です。
結局、全編鑑賞。
劇場公開時、あまりの衝撃に「凄い映画がある」と、友達の手を無理やり気味に引っ張って映画館に連れて行ったら、帰り道で口を聞いてもらえなかった過去を思い出した。
映画には必ず名セリフがある。
特に絶望を描いた映画には名セリフというか、哲学的なセリフが多い。
モーガン・フリーマンの最後のセリフ。
「『人生は素晴らしい。戦う価値がある』‥後ろの部分には賛成だ。」
つまり「人生なんて素晴らしくない」わけだが、でも「戦う価値がある」に賛成するところに、この映画の救いがある。
すっかりスイッチが入ってしまって、次に手にしたのが「オールドボーイ」。
自分的には5本の指に入る名作中の名作ですが、当時、まだ付き合い始めの彼女に「お勧め映画」として観せたところ、「なんであんな映画を見せたのか神経を疑う!」とマジギレされた忌まわしい記憶が脳裏をよぎる。
これにもいくつか名セリフが登場します。
「砂粒であれ岩の塊であれ、水に沈むのは同じ。」
何気ない噂話が大きな不幸を呼び、復讐vs復讐の泥沼へと発展してしまうこの映画の象徴的なセリフですが。本人にとっては覚えてもいない程の些細な事でも、それが誰かにとって大きな傷となり一生消えないほどの痛みを伴う場合さえある。
「笑う時は世界と一緒。泣く時はお前一人。」
「傷ついた者に復讐は最高の薬だ。だが、復讐が終わったら忘れていた苦痛が帰ってくる。」
結局、復讐に人生のすべてを賭けた男二人に残ったものはなにか。このあたりは「アメリカンヒストリーX」のラストのセリフ、「怒りが、君を幸せにしたか?」に近いものを感じる。
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絶望を感じた時にこそ、人間は希望を思い出す。
東日本大震災の後、人が呪文のように口にした「希望」という言葉。絶望の中で見出す微かな希望に、真のリアリティを感じる。
だから、僕にとっては、絶望と希望は同意語に近い
「オールドボーイ」も「ダンサー・イン・ザ。ダーク」もそこに微かな希望が満たされた瞬間が描かれている事で、ラストシーンとしては充分であり「希望」の映画になり得る。
ガメラも宇宙戦艦ヤマトも「人類最後の希望」という設定が人の心を打つ。
「希望」ってなんだ?
液晶テレビ導入の、ちょっと楽しいはずの作業から、いつのまにか、そんな想いにふける羽目に。
答えは‥ない。たぶんそれが正解だ。