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神威杏次 official blog

【俳優・脚本・演出家 カムイキョウジのモノローグ】主に、好きな映画の話に絡めて、神威が意味不明なことを書いているブログ。◆映画の話はネタバレご注意◆

映画はラストシーンが命 「嘆きのピエタ」

「映画はラストシーンが命」あらためてそう感じた。

 

「嘆きのピエタ」(英題:pieta2012年 韓国

$カムイ

 

「カネとは…すべての始まりであり、終わりである。」

 

物語序盤、借金取りのガンド(主人公)に追い詰められた債務者たちが、片腕を切り落とす…あるいは命を落とすシーンが続く。資本主義なんて、どうしようもなく強大な敵に食って掛かるには言葉では無理、軽薄なテレビドラマのキレイごとも通用しない。

「世の中カネじゃない」なんて言ってみたところで嘘だ。

 

キム・ギドク監督は、ただひたすら「人がカネに殺される」その姿を執拗に描く方法を選んだ。

 

そして、そんな厳しい状況に、もう「これしかない」と云う、最後の…唯一の武器を監督は用意した。「家族愛」。天涯孤独だったはずのガンドの前に「お前の母親だ。」と名乗る謎の女性が現れる。

 

そして、生まれてはじめて愛を知ったガンドは、ようやく罪の意識を感じ始める。

冷徹無慈悲な借金取りロボットが、他人に情けをかけるようにもなる。

 

人間を最後に救うのは、家族愛…そういってしまうと、なんだか「愛は地球を救う」的な話の流れになってしまいそうで、それもどうかと思う。でも、言葉にするとそうなる。

 

ガンドに殺された息子の復讐のために母親になりすました女性が、ガンドに対して「可哀想」という感情を抱くシーンがある。ここが重要。そして「慈悲深い聖母マリアの像」であるピエタを題名に持ってきたこと。

 

この監督、きっと優しい人なのではないかと思う。結局、すべての登場人物に「救い」が用意されたような、そんなラストシーン。凄惨でありながら、決して「救いようのない映画」ではない。

 

あんな美しいラストシーンはひさしぶりに観た気がする。

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 この映画を製作するにあたって、監督・プロデューサーは、スポンサーを集って制作資金を調達するという行為を一切しなかったらしい。「金を出したら口も出す」のが世の常。それによって表現の自由を制限されることを嫌ったという話だ。

 

キャストもスタッフも全員「ギャラは出来高」で10日間で撮ったとの事。そう言われて思い返せば、確かに、10日間で撮れる脚本にしてある。ロケーション数(撮影場所)を数えたらかなり少ないはず。僕は、そんな事情がこの映画にキレを与えたと思っている。

 

映画上では僅か数分で、殺人鬼が究極のマザコンに変貌したことも、制作事情と無関係ではないかも知れない。でも、そこが良い。

余計なところを丁寧に描いても退屈なだけだ。

あの大胆に進行する脚本が、ローバジェットの副産物と思うのは読み過ぎだろうか。

 

ちなみに、10日間での撮影を「驚異!」と書いてあるレビューも多いが、

低予算のVシネマを多くやってきた僕としては、10日間なんて当たり前。

Vシネマにも予算の出た全盛期は別として、Vシネマ後期は「一週間で3本撮り」なんて現場も普通にあった。

実は日本の映画スタッフが一番「驚異」なのかも知れない。