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神威杏次 official blog

【俳優・脚本・演出家 カムイキョウジのモノローグ】主に、好きな映画の話に絡めて、神威が意味不明なことを書いているブログ。◆映画の話はネタバレご注意◆

自分を救う方法

昨夜遅く、夜道を千鳥足で歩きながら、なぜか急に思い出した映画があった。

 

「ヤコブへの手紙」(2009フィンランド)

 

「救い」がテーマ。

 

キリスト教や聖書には詳しくないから、「ヤコブの手紙」との関連はわからないが、

随所に散りばめられた意味深なカットが、おそらく聖書の中のどこかの一節を表現したいのであろうことは想像がつく。

 

主人公・レイラは、牧師・ヤコブを救おうとした。かたやヤコブは、レイラを救おうとした。そして、郵便配達員もまた、ヤコブを救おうとしていたのだと思う。

 

「誰かを救う行動が、自分自身を救うことになる。」

これがメインテーマ。

 日々届く迷える者たちの手紙に、救いの言葉を贈るヤコブ牧師。しかし、人々を救っているつもりが、救われているのはヤコブ自身だった。

 

この逆説的な感覚は、きっと誰でもそれなりに長く生きていると、どこかで感じる感覚なはずだ。そしてそれは(映画の中では謎になっているが)そもそも、あの郵便配達員が、ヤコブを救うために同じ手紙を何度も配達していたと解釈している。

だから、あの日を境に、手紙は届かなくなった。手紙が届かなくなったヤコブは、みるみる衰弱していく。

 

このあたりは、現代のSNS文化に通ずるものがある。

 

承認欲求。

 

誰かが自分を必要としていること。それを確認してヒトは安心する。周りに必要とされない自分を認めるのが怖くて仕方ない。

 

ここ数年の風潮を2009年以前に予見していたとしたら、この映画は少しばかり先見の妙があったという事になる。

 

わずか75分の傑作。

セリフ少なく「絵に語らせる」技量には脱帽する。

 

誰かがレビューで書いていた。「大切な映画」だと。

まったく同感。

 

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そんな折の今日…悲報を聞いた。

 

友人を通じて彼の突然の死を知った。

芸能ニュースにも小さく出ているので、彼を知っている友人はご存じの事かと思う。

 

彼からは、数か月前に何度か電話があったが、忙しくて電話に出れず、そのまま忘れて放置してしまっていた。電話に出てやればよかった…。今更そう思っても後の祭りだ。

 

ただ、一度でも多く接してあげればよかった。一言でも多く、話をすればよかった。

 

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SOSに気づく人は少ない。

 

あんな元気だったのに…、昨日まで冗談言ってたのに…、

それが実はSОSだったことに気づくのは、常に一緒に生活している家族や家族同然に同居している人間しかいない。少し離れた位置からは、まったくわからない。

 それが悔しい。仕方ないことだけども。

 

救いの手を、言葉を差し出すべきだ。可能な限り。

 それが、自分自身を救うことになるんだ。