神威杏次 official blog

【俳優・映画監督・脚本家 カムイキョウジのモノローグ】

生きるために必要なのは

人間は、あまりに受け入れがたい事象に出会うと、それを信じたくない心理から、忘却本能が働くといわれる。

 

生きるために…忘れる。

忘れることによって生きていくことができる。

 

人間が「気を失う」…のも、恐怖のあまり精神が壊れてしまわないように防衛本能から自らの意識を落とす…電気のブレーカーと同じ働きによる。

 

人間の身体(脳)には、そのような自己防衛本能が備わっている。

<広告>

 

 

◆刑法第37条「緊急避難」

自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。

 

◆ミニョネット号事件

 1884年7月5日、イギリス船籍のヨット・ミニョネット号は、喜望峰から1600マイル(約1800キロメートル)離れた公海上で難破した。船長、船員2人、給仕の少年の合計4人の乗組員は救命艇で脱出に成功したが、艇内には充分な食料や水が搭載されておらず、漂流18日目には完全に底をついた。19日目、船長は、くじ引きで仲間のためにその身を捧げるものを決めようとしたが、船員の1人が反対した為中止された。しかし20日目、船員の中で家族もなく年少者であった給仕のリチャード・パーカー(17歳)が渇きのあまり海水を飲んで虚脱状態に陥った。船長は彼を殺害、血で渇きを癒し、死体を残った3人の食料にしたのである。

 

24日目に船員3名はドイツ船に救助され生還したが、母国に送還されると殺人罪で拘束された。しかし彼らは人肉を得るためパーカーを殺害したのは事実だが、そうしなければ彼ら全員が死亡していたのは確実であり、仮にパーカーが死亡するのを待っていたら、その血は凝固してすすることはできなかったはずであると主張した。結果、彼らは六か月の禁固刑に減刑された。

(wikipediaより)

 

 

ミニョネット号事件で、仲間に食べられた若者の名はリチャード・パーカーといった。

 

映画「ライフ・オブ・パイ」で、主人公と共に漂流するベンガルタイガーの名前が、リチャード・パーカー。

 

この映画のポスターに書かれたキャッチコピーは「なぜ少年は生きることができたのか?」

 

一見、誰もが「少年が227日も漂流して、どうして生きて帰ってこれたのか。」と云う意味だと思うだろう。それが、映画を観終わった後には…「そんな壮絶な体験をした後に、どうやって(その後の人生を)生きる気力を得たのか。」という意味に変わる。壮絶な体験…の中身は、さすがに文字にする気がしない。

 

この、真意をあえて隠したキャッチコピーのギミックは秀逸。

 

物語全体にも、これでもかと隠喩が仕込まれている。

 

最後に、大人になった主人公・パイが、インタビュアーに言う。

 

「ここにふたつの物語がある。どちらも結果は同じ…私は家族を失い、そして、今、こうして生きている。ふたつの真実のうち、君はどっちが好きだ?」

 

==============

 

重ね重ね思うのは…、

人間が生きるために必要な真実は決してひとつじゃない。

 

大切なのは、生きるということ。