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神威杏次 official blog

【俳優・脚本・演出家 カムイキョウジのモノローグ】主に、好きな映画の話に絡めて、神威が意味不明なことを書いているブログ。◆映画の話はネタバレご注意◆

それさえあれば他になにもいらない【なにか】

人生にとって、本当に大切なものってさほど多くない。

きっとそれは

『それさえあれば他は何もいらない…という「なにか」』

 

まさか、最後にそんな想いが脳裏をよぎるとは、映画の5分の4までは考えもしなかった。

===

「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」

(原題:Locke 2013年 イギリス)

世の男性にとって完全に反面教師な映画。

男って本当にバカだなと。

特にこの主人公はバカだと。

全編「高速道路を走る男」の運転席を写しているだけのワンシチュエーション。それでどうやって引っ張るのか?と気になって観たのですが、これがまた、めちゃ面白かった。

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<あらすじ>

建設会社のエリート社員、アイヴァン。明日早朝からの社運を賭けた重要なミッション、今夜の家族とのサッカー観戦、すべての約束を反故にし、急きょ、自宅とは逆方向のロンドンに向けて高速道路を走っている。きっかけは一本の電話。一年前、お酒の勢いで生涯初めての浮気をしてしまい、相手を妊娠させてしまった。その相手が、今夜、彼の子供を産むという。アイヴァンは彼女の元に向かっていた。

走りながら、ひっきりなしにかかってくる電話に応答するアイヴァン。理由を知って狂乱する妻。無邪気にサッカーの話をする息子。工事の責任者が不在になると知り困惑する上司。いきなり重要な仕事を押し付けられパニくる部下。出産直前の浮気相手。以上5人との、代わる代わる続く(電話での)会話劇。

===

※以下ネタバレあり

 

基本的に真面目で、15年間浮気もせず、仕事も頑張ってきた夫。それが、わずか2時間の間にすべてを失くす。完全に自業自得。

妊娠させた浮気相手には「もちろん、まったく愛していない」という。

奥さんには、そんな重大な話を電話で片付けようとする。しかも、いっちゃいけない言葉のオンパレード。

「(相手は)可哀想な人なんだ、本当に寂しそうだったんだ。」「責任はとる。認知はするし。自分の子供として育てる。」「戻ったらゆっくり話そう。」

いや、奥さん、そんなこと言ったら一段と怒るに決まってんだろ。だいいち、なんでそっちに行くんだよ、今夜。

ほっぽらかした仕事に対しても「最後まで電話で俺が指示する。俺はクビになってもいい、明日の仕事だけは成功させたい。」

いや、そんな責任感あるなら現場にいけよ。

とにかく、すべてに於いて「自分は誠実」「誠実に対処しようとしているだけ」と思い込んでいるけど、実際はまったく無責任で傲慢。そして優先順位をいろいろ間違ってる。危機管理的には初期対応を完全に間違っているんだけど、そこは男と女のこと、仕方ない。

奥さんが別れを決意した理由が、浮気とか妊娠とか通り越して、ついさっきの会話の中にあることに気付いていない。

面白かったのは、部下に仕事の指示をしつつ説教をかますのだけど、これが今の自分の状況と合致していることを気づいてるのかいないのか…。

「細心の注意を払え。たったひとつのミスで、すべてがダメになるんだぞ。」

「今夜は酒は絶対に飲むなよ。酒で失敗するな。」

いや、まんまあんたの状況やろ。

この辺、脚本うまい。

どんだけ人間が綺麗ごとで会話しているかってこと。

それが、自分のことになったら、見事に逆をやる。

 

こんなシンプルな設定の物語で、突っ込みたい部分がまだまだ山ほどあるってことが凄いけど、長くなるのでこの辺で。とにかく、最悪の行動をしている自覚がないまま、自己弁護と正当化を繰り返す男の話。

 

 

この男が致命的なのは、すべてが「誰かのため」ではなく「自分のため」であること。

その感覚が抜けない限り、救いは訪れない。

 

ただ、ラストの2エピソードで…スッと救われた気になる不思議な映画です。

 

 

ちなみに原題はアイヴァンの苗字である「ロック」。これは人一倍。自分の存在にこだわったアイヴァンにとって、存在証明である「苗字」は極めて重要なもの。それを題名にしたのは秀逸。それだけに、それをぶっこわす陳腐な邦題は最低だ。

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以下、ラストシーン・ネタバレ

 

 

 

たった2時間ですべてを失くした男。

大人たちに見放された後、電話口の息子だけは優しい。そしてこんなセリフを言う。

「帰ってきたら、録画でサッカーを観ようね。結果を知らないフリをすればいいんだよ。知らないフリして、最初から観ればいいんだよ。」

もちろん、試合の結果を知らないフリするなんて無理だ。やり直したい、でもきっとやり直せない、ということを子供心にわかっている中での精一杯の言葉。

それを聞いたアイヴァンは言葉を失くす。

さらに、絶望の中、高速道路を走りきり、料金所にさしかかったところで…受話器越しに、生まれた赤ちゃんの泣き声が聞こえる。彼は、本当に嬉しそうな表情を浮かべて、今来た道をさらに真っすぐに進んでいく。その姿に、なぜかスッと救われた気分になった。

その後の、前途多難と思われる状況など関係なしに、ただその瞬間の表情に救われる。

 

それは彼にとっての

『それさえあれば他は何もいらない…という「なにか」』