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神威杏次 official blog

【俳優・脚本・演出家 カムイキョウジのモノローグ】主に、好きな映画の話に絡めて、神威が意味不明なことを書いているブログ。◆映画の話はネタバレご注意◆

日加の恋愛観・結婚感の違い

 先日、カナダに12年住んでいたオンナ友達と、ゆっくりお酒を飲む機会があり、自然に、海外生活のことや、日加の恋愛観の違いなどを興味深く聞かせてもらう流れになったわけです。

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 ここで具体的なエピソードを書けばわかりやすいのですが、そこは、ご本人の承諾を得ていないので、あまり具体的なことは書けません。以下、ポイントだけ箇条書きにすると。

  1. 好きだからつきあい、その先に結婚がある。結婚したいから誰かとつきあうと云う感覚はない。
  2. 日本の夫婦は「最初は愛している。そのうち愛情は消え去り、情に変わる。」のが当たり前であるが、欧米の夫婦はそうではなく「結婚して何年経っても、お互いに愛しあっていなければいけない。」
  3. だから、愛し合う状態を維持するために努力する。例えば「親しき仲にも礼儀あり」で、だらしない姿を見せないように心掛け、普段から敬語(丁寧語)で話すことも多い。

 もちろん全員がそうではないでしょう。類型的に言うとそうなるという話だとは思いますが。ここはひとつ「そうだ」と断定して思考を進めます。

なるほどなと。

 僕の知っている(=洋画に出てくる)欧米の家族のさまや、いとも簡単に結婚と離婚を繰り返すハリウッド・セレブたちの動力源はそれだったのかと。

 例えば「愛がなくなったから」が離婚の理由にもなり得るわけです。
すごいな、それ。

 おそらく、つきあいはじめにしても、お互いのことを良く知らなくても、まずは相手を知るためにつきあうのが、欧米の普通の感覚なのかも知れない。知らんけど。

 仕事、収入、家庭環境…など「条件」を探り合うがために、つきあいもしないで終わる。自ら機会損失を招いている、結婚相談所を儲けさせるだけの日本の婚活事情よりは、そっちのほうがマトモだなぁと感じる。

 いや~でもハードルは高い、ずっと愛情をキープするのは、無理でしょそれは。どうしても情に移行するでしょ。むしろそこ大事でしょ。と思ってしまうのは、僕が日本人だから?

 個人的には、3つ目には同意できない。
 これは、僕がそうなのか、日本人がそうなのかはわからないけど、一緒に暮らして、だらしないところも、みっともないところも、すべてさらけ出して空気のような存在になる、だから空気がなくなれば死んでしまう。I ALWAYS YOUR SIDE なにがあっても味方でいる…そんな状態が心地良く、安心できるという考え方が根強い。要は、単に、自宅でまで緊張してたら疲れる。なるべく早めにお互いの緊張感をなくして楽な状態でいたいということですが。

 そんなことやってるから、愛情が覚めるんだと言われたらそれまでですが。

 普段でも、パートナーに限らず、うんと年下のオンナ友達でも、あまり敬語で接してもらうと逆に距離感を感じるんですね。友達のような口調で話してもらうほうが親しく感じて嬉しい。のは僕だけ?
 結婚してお互い敬語は嫌だなぁ。いや、結婚したから敬語になるのか、そこは婚姻経験のない僕にはわかりません。

  なんにしろ、結局は恋愛であるべきで、細かいことは後回しで、まずは目と目があって純粋に恋に落ちる感覚は忘れてほしくないと、そんな世の中であって欲しいと思うのです。

 細かい事どころか、とても大切な事まで後回しにするという弊害も出るんでしょうけど、だから離婚率も高いのでしょうけど。でも、日本だって離婚率は高いのです。結果は同じ。

 なら、どうせなら、恋愛したほうがいいじゃん
いざとなった時、二人を救うのは一緒に楽しく過ごした時間と想い出の共有。

 

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 そんな話に花が咲いたその翌日、CSでたまたま観た映画…
終わり寸前までは「なんだ?この映画」と、駄作評価でボーっと観ていたのですが、最後の最後で「ただ一点」強烈に腑に落ちるエピソードがあったことで、掌返し気味に、自分内評価が跳ね上がった映画です。

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「フェイス・オブ・ラブ」
原題:face of love 2015 アメリカ。


 中年女・ニッキー(アネット・ベニング)が、街で、死別した夫とクリソツの中年男・トム(スキンヘッドでもカッコいいエド・ハリス)を見かける。ほぼストーカー気味にトムに接近したおばさん、もといニッキーの強烈なアプローチに、トムも戸惑いながらも恋に落ちていく。ちなみにトムは画家。

 終始、ニッキーのまったくもって自分勝手な考え方とふるまいにイラつきます。

 トムは事情を聞かされないままつきあっているので、ニッキーの変な行動がワケワカメなのですが、「いま、そんな眼で僕を見るのは君だけだ。」と言う中年の悟りが、尋常じゃない忍耐力を発揮します。そんな眼=超ラブラブ目線のこと。

  ニッキーは、トムを死んだ夫の名前で呼びまくるわ、二人の思い出の寿司屋に連れて行ったはいいけど、思い出が蘇りすぎてパニックになり、寿司も食べずに帰ると言い出したり、これでもかとトムを振り回します。それでも、その理由をトムに伝えません。

 あまりにそっくりな風貌に、ニッキーの娘も、隣人で密かにニッキーに恋心をよせる中年男(ロビン・ウイリアムス!)も戸惑います。
娘にいたっては、二人の前でブチ切れて「ふざけんな、帰れ」などと怒鳴ります。

ニッキーが、ただ、死んだ夫の幻影を追いかけるためだけにトムに近づいたことが明白だからです。この部分は最後まで変わりません。だから観ててイラつきます。

 

以下、======、まで結末ネタバレ・ゾーン。

 

 

二人は、結局、別れることにします。
別れた後、トムの元・妻から、ニッキーに追悼個展への招待状が届きます。トムは末期ガンだった。死期を悟っていたトムは「これが最後の恋愛」と確信していたのでしょう。

なぜか、ニッキーをみるなり「ニッキーね。見せたいものがある。」という元・妻。連れていかれたのは、彼の最後の作品「face of love」が展示してあるところ。

その絵に描かれていたのは、プールにいる水着のニッキーと、その姿を部屋の中から愛しい顔でみつめる自画像。つまり、FACE OF LOVE。

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相手の動機がどうであれ、始まりがどうであれ終わりがどうであれ、彼にとって「恋に落ちた」「恋愛を謳歌した」事実は、ことのほか大きく、人生に彩を加えた、かけがえのない体験だったということ。

打算でもなく、机上の空想でもなく、実際の「体験」がすべてだということ。
「愛し合った」という事実が大事だということ。

それを与えてくれたニッキーに、心から感謝している証が最後の絵。

その「ただ一点」に心をうたれた映画でした。

そう、映画はラストシーンが命でもあり、納得いかない部分は多くても、ただ一点、心に響く部分があれば「観てよかった」と思えるのが映画。


それは僕らの人生も同じこと。

ただひとつの「なにか」のために。

 

 それにしてもロビン・ウイリアムスの存在感が相変わらず凄い。

脇役でいるだけで、彼の顔を見ているだけで心が落ち着くようなオーラがある。

 

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