確か…22歳の時だったか、ある男に聞かれた。
「○○さん(本名)は、なんなんですか?」
それはつまり、
「俳優なのか、脚本家なのか、演出家なのか、はっきりしろ」という意味。
それも、酒の席で、かなり酔っ払っている状態、
極めて挑戦的な口調…すぐに、質問の内容は本当は二の次でとにかくオレのことが気に入らないから喧嘩を売ってるだけ、というのがわかったから、マトモに答えるのはやめて、
「オレの肩書きは○○(自分の名前)。それ以外の何者でもない。」
…そう、偉そうにかつ適当に答えたのを覚えている。
酒の席での、青二才同士のくだらない口喧嘩。
が…最近になって、同じ質問を何人かにされた。
当時よりもさらに「肩書き」なるものが増えているせいだ。
意味のない、くだらない「肩書き」が…。
そして、あの時の、やけっぱちの答えが、実はけっこう的を得ていることに、あらためて気づいた。少なくとも、自分にとっては。
ひとつの肩書き…つまり目標を定めて、ストイックに何かを追求する人は素直に尊敬する。「オレは役者だ!」と言い張って、役者になることに全力を注ぐ…悪くはない。
が、残念ながら、オレにはそれができなかった。
だから、ジタバタする…自分なりの方法論で.その過程で、便宜上、なにかしらの肩書きを名乗っているだけの話。本当はそんなものどうでもいい。
もし、死ぬ間際に聞いてくれたら、
結果的にこういう場所に辿り着いたので、ボクの肩書きは○○…と名乗るのが一番近いかも?とでも答えられるかも知れない。
肩書き=カムイキョウジ。
それだけでいい。