昔、ケンちゃん、という友達がいた。
19歳の時に俳優養成所で知り合った同期。
親友というほどの仲でもなかったけど、地方から出てきて一人暮らしをはじめたばかり
という共通項もあり、共感しあう事は多かった。
何に共感しあったかって、特に一人暮らし特有の貧乏話。
とにかくお金がなくて、水とインスタントラーメンだけで半月ほど過ごしたとか、その後、半月ぶりに白いご飯を口にした途端、わけわからず涙がボロボロ流れたとか、
そんな話で笑いあったもんです。情けない話だけど。
そういえば、ケンちゃんの自慢&こだわりは「苦しくても親からは一銭も援助を受けてない」だったっけな。ガチガチのケンちゃんに比べユルユルのカムイ(当時19)は、
なにかと理由をつけて親に送金してもらったりしてました。ごめんなさい。
自分でもわからなかったボロボロ涙の意味とか(なんせその時は、自分がなんで泣いてるのかわからない…。若いうちに貧乏体験をするって、けっこう重要な事だと思う。
他人への思いやりだったり?親や周りへの感謝の念だったり?人として大事なものを覚えるためには。一般の大学生も同じで、大学の勉強そのものよりも、与えられたモラトリアム期にどんな生活をするかが、その後の人格形成に大きく影響するんだろうな~;、などと。
で、ケンちゃんとは、一時期、同じ喫茶店でアルバイトをしていた。
風呂なしアパートから、毎朝冷水で顔を洗うや遅刻もせずバイト先に通い、真面目に働くケンちゃんとは対照的に、朝シャンをしなければ眼が覚めないユルユルのカムイ(当時20)は、寝坊で遅刻はするわ、そもそも経営者と反りがあわず、しょっちゅう喧嘩してるわ、まぁグダグダな仕事ぶりだった。
そんなオレは、喫茶店のオーナーから常に目の敵にされ、きちんと仕事をするケンちゃんはオーナーお気に入り。「○○○(本名の下のほう)、しっかりやろうや!朝なんて気合いで起きるんだよ!」なんてケンちゃんのアドバイスさえ当時は「うぜー!」と思っていた。
ある日「コーヒーがぬるい」「サンドウィッチの作り方が悪い」などと、いつにも増してイチャモンをつけてきたオーナーと、ついに激しい口論になった。
「事務所に来い!」「おー、いってやるわ!」てなもんで、場所を事務所に移して、殴り合い寸前の口論。もはやオレのクビは確定な状況下、論点は「やめてやるから今日までの給料よこせ」VS「そんなもん払えるか!」の全面対決。
そのうち、オーナーは事務所にケンちゃんを呼んだ。
オーナーとしては、おそらく、真面目なケンちゃんが友達として、もはやシンクロ率400%で暴走しているオレを諭してくれるだろう、という計算だったと思う。オレも内心、「ケンちゃんにも怒られるな、こりゃ。」と覚悟を決めた時…、
事務所に上がってきたケンちゃんは、オレではなく、オーナーのほうに、物凄い剣幕でくってかかった。
「…え?」
確かに、こんな状況のきっかけはオレの素行不良だったけど、在日のオーナーもまた、普段からすぐに感情的になる人で、この日のオレへのイチャモンも含め、普段から理不尽な発言が多かった。つまり双方に非があったわけだけど、ケンちゃんは、この時ばかりはオーナー側の非を一気に攻めだした。
常に真面目でイエスマンだと思っていたケンちゃんの計算外の態度に戸惑ったせいか、オーナーはぶちきれ。およそ20歳やそこらの子供に対峙しているオトナの対応とは思えないほど、顔を真っ赤に紅潮させたオーナーさん(当時推定45歳)
「なんだと、このクソガキ!」
ついにオーナーはケンちゃんの胸を強く突き、手を出されたケンちゃんはわざと大げさに、その場にもんどりうって倒れた。
「手を出したな!暴力だ!警察だ、○○○(本名の下のほう)警察呼べ!」
当時は携帯なんてなかったけど、もしあったらその場で110番していたはず。「呼べるもんなら呼んでみろ!」…もはや修羅場である。
暴走しているオレを冷静にさせるために、自分がわざと暴走した?なんて、ケンちゃんもさすがにそこまでは計算してなかっただろうけど、結果、オレはすっかり冷静になり
「ケンちゃん、とにかく帰ろう!この足で警察行こう。」そういって店の看板を蹴飛ばしつつ、行った先は警察ではなく労働基準監督省だった。
後日、労働基準監督省の職員の仲人で、オーナー夫妻と顔をあわせた僕らは、やめた日までの給料を受け取り、謝るべきところは謝罪をして事を終えた。
この件に関して、ケンちゃんと交わした言葉は、
「ごめんな…ケンちゃん。」
「…いいって。」
それだけだったような気がする。
2年後、俳優をあきらめて静岡に帰るケンちゃんを見送った。
以後、一度も会っていないし、連絡もとっていないから、今、何をして生きているのか定かではないけど、ケンちゃんの事だから、おそらくしっかり家庭でも作って真面目に働いてるのではないだろうか。
青春のほろ苦い想い出…。
I ALWAYS YOUR SIDE …
今も、オトナになった今もまだ…、
誰かに対してそう思えるなら、その想いは大事にすべきだ。