「元気でいろよ」のひと言を残して
彼はあの年の夏の彼方へ消えてしまった。
あとに残された彼女としては
自分もどこかへいってしまうほかに
充実した生き方はなかった。
ふたりともいなくなり 陽が射して風が吹き
これ以上のハッピーエンドはどこにもない。
「湾岸道路」片岡義男
20歳のときに片岡義男が流行った。
男女とオートバイが出てくるだけの陳腐な青春物語、その中で、この「湾岸道路」だけを覚えている。他の作品も大抵読んだけど全部忘れた。どれも判で押したように、非現実的なイメージ押しの青春ストーリーだ。たいした中身はない。
だけど、草刈正雄さんと樋口可南子さん主演で映画にもなったこの作品だけは…、なぜか強く記憶の中に残ったままだ。
若い人には「ソフトバンクのお母さん」な樋口可南子さんだけど、この映画といい「陽炎」といい、あのころの樋口さんは本当に美しかったんよ。
いつか俺も、湾岸道路からハーレーに乗って走り去りたい。そう思った。
30代半ばにして、念願だった大型バイクの免許を取り、最初の休日、shadowというナナハンを駆り湾岸道路から海ほたるを経由して千葉に渡った。
早朝、独りで湾岸道路から走り出す瞬間、「夢を叶えた」気がした。
もちろん単なるツーリングだ。
小説のように「走り去る」事なんてできない。
俺はのこのこと東京に戻ってきた。
さらに15年近い月日が経った。
当時の愛車はシャドウ750とドラッグスター1100。いずれも和製ハーレーと呼ばれるアメリカンタイプだが、シャドウは新宿で盗難に遭い、ドラッグスターも手離した。そして、俺のアシは屋根のついた根性ナシの四輪車になった。
何年経っても、状況がどう変わろうと、忘れちゃいけない精神がある。守るべき、捨ててはいけないなにかがある。
さて、いつか本物のハーレーを買おう。そしていつか、今度こそ、湾岸道路から「走り去る」